Nice to meet you! 「策動」




「“金剛阿含”?そりゃオメー、アレか?ドラゴンフライの金剛弟か?」
「そ。お前、どう見るね」
 課長は無造作に、まったくもって高校生アスリートの品評を求めるように尋ねる。木島丈一郎は煙草をくわえ、火を付けた。煙の輪っかを吐き出し、応じる。
「ああ、あれァ一流だな。超付けてやってもいいくれえだ、そこらの駆け出しなら余裕で出し抜くだろうよ。けど、まあ、何だ。いくら超一流ってもアマちゃんに出し抜かれっぱなしじゃマズいわな……プロとしてはよ」
 くわえ煙草で木島はにやと笑う。
 わざわざ木島の戻りを待ってのご指名で、開口一番この問いだ。これで本当に世間話をしようというならいくら課長でも張り倒している。
「少年課の丹波がボヤいてた。尻尾を出しやがらんとよ」
「丹波のマークを振り切るか。あいつ元は捜査一課のエースだったんだぞ、大したもんだ」
「まあ逃げられたのは丹波じゃなくて相方らしいけどな」
「風見か……風見じゃ出し抜かれるな」
 文科省から出向している若いキャリアの顔を浮かべ、一倉は苦笑した。
「で?用ってな何よ。これだけじゃねえんだろ」
「察しが良くて助かるよ。――詳しい奴に繋いでくれ」
「詳しい奴なあ。心当たりのねえこたねえが……固い事言うなよ」
「無論」
「おし。一時間くれ、準備できたらケータイ呼ぶわ」
「任せた」
「任されてやろうじゃねえかコノヤロウ。おう浅尾!俺ちっと課長のオネガイ聞いてくっからよ、報告書頼まあ」
「また僕ですかッ!!?」
「課長がコーヒー飲ませてくれるとよ」
「三階の東の廊下の角の自販機のモカ、おいしいよねえ浅尾君」
「……すいません知りません……」
「そりゃいかん。是非飲んでおくといい、お釣りはいらないよ」
 子供の駄賃のように100円玉を渡される。
 三階の東の廊下の角の自販機のモカは、自販機の80円コーヒーとは思えないほど本当に旨かった。感心しながらも、こんなことまで把握している課長の情報網が、浅尾は普通に怖かった。



「たーんば。“金剛阿含”、俺に譲らんか」
 少年事件課に、その脳天気な声はいろいろと不似合いであった。花形部署とはお世辞にも言えない場所だ。多忙を極めるはずの天下の捜査一課長様が直々においでになるような所では、はっきり言って、無い。
 へらへらと笑う課長と対照的に、丹波肇は胡乱な顔をした。
「……俺の獲物だぞ。それ譲れってか?」
「随分長いこと泳がせてると聞いてるが?」
 笑顔で痛いところを突かれ、丹波は舌打ちをした。大仰に肩をすくめる。
「……だいたいあの野郎尻尾出さねえんだ。どうやって引っ張る」
「尻尾は踏まない。引っ張らない」
「あ!?おいコラ課長。ナメてんのか」
「残ってない証拠、出ない尻尾。追うのもいいが、要するに目障りでなくなりゃいいんだろう?何しろ少年だし、手荒な真似はできん」
「……まあな」
 課長は無造作に言い放った。
「あの坊や、好きなんだ。気に入った」
「――」
「一流(プリマ・クラッセ)気取る訳じゃないが……あんまりオトナをナメさせちゃいけないよなあ。オトナとしての義務だろう」
 やけに楽しげな上司の顔に、丹波は嫌な予感を覚えた。
「……課長。穏便に行けよ、アンタ捜査一課背負ってんだからな」
「優しい部下ばかりで俺は幸せだ!」
 はっはっはと快活に課長は笑う。
「悩める青少年を優しく抱きしめて、心を込めて諭してくるさ」
 キヨラカな台詞は「二畳あるかどうかの取調室で顔付き合わせてたっぷり六時間と言いたいとこだが少年相手だしオマケして三時間な」と勝手に脳内で補われる。
 一倉の尋問はそれは底意地が悪いという。声を荒げたりということはめったにないが、一度この男の尋問を受けた後で担当が代わると、なんと4割近い被疑者が「一倉よりはかなりマシ」と感じるという嫌なデータが出ている。一倉によって自白に至らないまでも、この男が関わることで自白が早まる率が馬鹿にできない上昇率を見せるのだ。
 少なくとも真性の被虐嗜好者以外でこの男の相手を続けたがる被疑者はあまりいない。
「……向こうは子供だ。あんまり酷いことすんなよ」
「丹波肇の台詞とも思えんな。人の親になると丸くなるよな、わかるわかる」
「ほっとけ」
 ぶっきらぼうな丹波の台詞に、たらこパスタソースのCMソングが重なった。苦虫を噛み潰したような顔をした丹波を他所に、課長は上機嫌で携帯を取る。
「はいこちら俺。早かったな、すぐ行くよ。……そういう訳で、“金剛阿含”は預からせて貰う」
「チッ。何ァにがそういう訳だ!持ってけドロボー!」
「毎度あり」
 機嫌良く笑って、課長は少年事件課を出て行った。



 地下の闇カジノの更に奥の部屋。ちょっとしたアクアリウムのようなそこに、その男はいた。
 こぽこぽと吐き出される泡を眺めていた男は、振り返ると皮肉っぽく笑った。
「変わったお客さんだね。木島さん」
「……悪いな、何かな。これ土産」
 優しい色遣いの表紙が美しい大きな図鑑を受け取り、男は表情を和らげた。
「ああ……欲しかったやつです。初版じゃないけど、絵がずっと綺麗になっていてね。嬉しいな。……テレビで見て知ってますよ、捜査一課長さん。それも木島さんの紹介とあっちゃ、無下にできない。何をお望みです?」
「ドラゴンフライの金剛兄弟、“金剛阿含”。彼について聞かせてほしい」
 ずばりと切り込まれ、地下の事情に精通するゆえに“もぐら”と通称される男は拍子抜けした顔をした。密輸入された銃の運び屋の所在でも、真夜中の東京湾の倉庫の一角でヤクザが火だるまにされて殺された事件の実行犯に繋がる糸でも、最新のコリアンマフィアとチャイニーズマフィアとジャパニーズヤクザの勢力分布でもなく、高校生アスリートとは。
「……月刊アメフト編集部の連絡先、教えようか?」
「通常流通してる基本プロフィールは全部押さえてる。身長体重血液型から誕生日、ポジションに高校入学後のプレーデータ、好きな女のタイプまで」
「課長ストップ!……データもの迂闊に喋らせるとこの人本気で止まらねえからよ。頼むわ」
「……幸せな課長さんだ。木島さんに感謝してくださいよ?」
 もぐらは苦笑し、大げさに肩をすくめてみせた。
「――ま、俺が噂に知ってる限りじゃ非常にクレヴァーな坊やだってとこかな。所謂善良な一般人には絶対に絡まない。喧嘩をするのは一目でわかるような“不良少年”ばかり。多かれ少なかれ後ろ暗いところのある奴らだ、警察には間違ったって駆け込まない。金を巻き上げるのもそう。金に関しては女から貢がれてもいるようですがね。羨ましいほどの暮らしぶりだ……だけど全部噂だ、証拠は見事なほど残ってない。事件にはなりえない。それに“金剛阿含にやられた坊や”だの“金剛阿含と寝たギャル”なんていくらでもいる。自称まで含めりゃ大変な数になる」
「それが何故アメフトを?しかも業界注目の選手だ」
「さあね……そこまではわからないな」
「なるほどね。ありがとう、参考になった。戻るぞ、木島」
 一課長はさっさと立ち上がり、木島と共に去ろうとする。その未練のなさ、思い切りの良さに、もぐらは思わず声を上げた。
「課長さん。あんた、わざわざこんな所まで高校生の坊やの噂話を聞くために出向いてきたのか」
「そうなるね」
 課長は足を止めない。もぐらは自ら席を立ち、男を追う。
「聞いていいかな。なんでまた?」
「ん?気に入った、ってのが正直なところかな」
 言い切った。もぐらは思わず木島の顔を盗み見、そして唇だけで笑った。
「信じられないけど……木島さんの顔見た感じじゃ本気みたいだね」
 くく、と笑いがこぼれた。
「……面白い人だ!オッケー、本の代金分にはあれじゃ足りない。もう少し調べるよ、些細なことでいいんだろ?」
「些細なことが知りたいんだ。あの坊や、頭が良いのはよくわかったからな」
 宜しく頼むよと言い置いて、面白い課長は笑みを残した。



 深夜。送られてきたメールを読み、一部プリントアウトしたものを眺める一倉の横顔から表情は読み取れない。
 “金剛阿含”。渋谷の一隅で泳ぐ、一匹の若い獣。粗暴は常習、酒と女はやりたい放題、恐喝まがいのことまでしているらしい。夜ごと気まぐれに仲間とつるみ、別れているようだ。意外な気はするが煙草には手をつけず、薬のたぐいも自分は一度も手を出していないという。そのことでからかわれ、相手を病院送りにしている。
 清く正しいかどうかはともかく、「スポーツマン」ではあるわけか。
 最近あまり姿を見ないというが、一時よく来ていたという店のリストを眺め、男はふんと息をつく。
「鍵は兄貴か」
 ぱさり。
 机に散った写真の中で、坊主頭の12番がこちらを睨んでいた。




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